
スイは森の奥の温泉で、毎日をゆったり過ごしていました。
あたたかい湯気に包まれて、今日も「しあわせだなぁ」とつぶやきます。

でもある日、森がざわつきました。
ドドドドッ!
大きくて速いイノシシが駆け抜け、木々が倒れていきました。
スイはびっくりして逃げだし、仲間とはぐれてしまいます。

気づくとそこは、見たことのない世界。
きらきら光る屋台が並ぶ「まよいの市場」。
「いらっしゃい!いらっしゃい!」と元気な声が響きます。

「何が欲しいんだい?」と店主が聞きます。スイはドキッとして答えられません。
(なにが、欲しいんだろう…?)
周りのみんなは元気に答えます。
「私はこれが好き!」
「これがほしい!」
自信いっぱいの声。
スイはどんどん小さくなっていく気がしました。

「とりあえず、これ買っときな!」
すすめられるままに、スイは手に取ります。
「これが一番人気だよ!」
「これを持ってないと困るよ!」
まわりの声におされて、
スイはつい、次々と買ってしまいました。
――気づけば、両手いっぱい。
荷物が重くて、スイは少しずつ動けなくなっていきました。

スイはふうっとため息をつきました。
「なんだか…疲れちゃったな。」
そのとき――

ドンッ!
だれかとぶつかって、スイは転んでしまいました。

バラバラと、荷物が転がっていきました。
「わっ…!」
スイはあわてて手を伸ばします。
落ちたものを拾おうとしたとき
――ころん。
小さな鏡が、足もとに転がり出ました。

鏡の中に、疲れた自分の顔が映っていました。
「あなたはどうしたいの?」
どこからか声がしました。
スイは少し考えて、首をかしげます。
(どうしたいか…わからないけど、
やさしくありたい。わたしにも。)

その瞬間、鏡がやわらかく光りました。
光はスイの胸の中にスッと入って、あたたかく広がります。
「自分を大切にしていいんだよ」
その声は、スイの心の奥から聞こえました。
泣きたいような、ほっとしたような気持ちになりました。

「本当は、いらなかったのかも…」
スイは大量の荷物を見つめて、ぽつりとつぶやきました。
市場のにぎやかさが、だんだん遠のいていきます。

気づくと市場は静まり、風が吹き抜けています。
重かった荷物も、もうありません。
スイは深く息を吸いこみました。

遠くに森の木々が見えます。
帰り道はまだ長いけれど――
スイは心の中でつぶやきました。
「焦らず、ゆっくり。
わたしのペースで、いこう。」

その日から、スイの新しい冒険が始まりました。
焦らず、ゆっくり。
本音を伝える勇気を、少しずつ育てながら。

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